開館時間:午前9時30分~午後5時(入場受付は午後4時30分まで)

自動車事業創業期

自動車技術と産業の歴史

自動車技術と産業の歴史

自動車技術と産業の歴史

自動車の誕生

1886年1月ドイツのベンツはガソリンエンジンを搭載した三輪自動車の特許を取得し、同年7月にテスト走行を行いました。同じ1886年ドイツのダイムラーも馬車の車体にガソリンエンジンを搭載した4輪車を発表しました。しかし、車輪が付いた乗り物を機械動力で動かす試みとしては、これよりもさらに約1世紀前の1769年、フランスのキュニョーが完成させた蒸気三輪自動車が世界最初といえましょう。
いずれにしても19世紀は自動車にとってまさに“発明の時代”であり、蒸気機関、電動機、内燃機関といろいろな原動機が登場しましたが、やがて1900年を境にして内燃機関が主力となっていきます。また自動車の構造については、ステアリングホイール、アッカーマン方式、FR方式等を採用して、1891年にフランスのパナールが特許を取得した機構がその後の自動車の基礎にもなっています。
20世紀に入ると、自動車は“発明の対象”から“利用・普及の対象”へと大きく発展していきます。各メーカーでは大量生産が積極的に図られるようになり、自動車の発達の中心はそれまでのヨーロッパから新たにアメリカへと舞台を移していくことになります。

欧米と日本における自動車の大衆化

アメリカでは銃器や農機具の製造で、すでに19世紀に専用工作機械を用いた大量生産方式が確立しており、その方式が自動車部品の製造に導入されました。ヘンリー・フォードは1903年にフォード社を設立し、1908年にT型フォードの生産を開始、規格化された部品を専用の工作機械を使って加工し、ベルトコンベアで運搬・組み付けを行う画期的な自動車の大量生産システムを実現しました。また1923年にイギリスのモーリス社がシリンダブロックの加工用のトランスファマシンを開発しますが、フォード社では1947年にそれを大量に導入して生産ラインを大幅に自動化し、それをオートメーションと名付けました。この方式も他の自動車メーカーに広く波及していくことになります。
わが国では、20世紀に入ってから自動車が輸入され始め、輸入車を手本にいくつかの国産車が試作されるようになりました。しかし、裾野(すその)の広い生産技術と近代的な大量生産方式で製造された製品に、零細な製造設備を使って挑戦しても、模造はできても事業としては成り立ちませんでした。とりわけ1925年の日本フォード社、1927年の日本ゼネラル・モータース社(GM)の国内での組立生産が開始されると、わが国の自動車市場は両者の独壇場となり、国産メーカーは早くも苦境に立たされました。
自動車の国産技術を確立するためには、まず事業として成り立つ規模が必要であり、なんとしても大量生産体制を確立しなければなりませんでした。1935年の日産自動車横浜工場、そして1938年のトヨタ自動車挙母(ころも)工場の稼働開始により、ようやくわが国の自動車産業の基礎が築かれました。それから約30年、わが国の本格的なモータリゼーションの幕開けは、日本の経済が高度成長期へ向かい始めた1966年、日産からサニー、トヨタからカローラが発売されてからといえるでしょう。

体験展示

ユニークな車両紹介ツール「Vehicle Spotlighter」

体験展示

自動車館2階に設置された「Vehicle Spotlighter」で1階の展示車両を写し出すと、バーチャルの案内嬢"ソフィア"が車両の近くに登場。お客様のご要望に応じてコミカルに動きながら、それぞれの車両にまつわる情報を、映像や写真でご提供いたします。

※説明する車両は、AA型セダン、G1トラックから初代プリウスまで、あわせて13台

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