人はなぜ逃げ遅れるのか~東日本大震災からの教訓~

トヨタ産業技術記念館 館長の大洞和彦です。

間もなく3月11日。私には、2011年の東日本大震災をきっかけに覚えた心理学用語があります。それは「正常性バイアス」。教えて頂いたのは、大船渡津波伝承館(岩手県大船渡市)の齊藤賢治館長です。齊藤館長は銘菓「かもめの玉子」で知られた「さいとう製菓」の元専務で、大地震の直後に津波が襲来することを確信し、沿岸部の本社屋にいた社員をいち早く高台に誘導して全員の命を救いました。そのご経験を「あなたに助かってほしいから」と、教訓として後世に伝える活動を続けておられます。

私たちの心は予期せぬ異常や危険に対して、ある程度鈍感にできています。日常生活の些細な変化に毎回ピリピリと反応していたら神経が持たないからで、ある範囲までの異常を「正常」として処理する心のメカニズムが「正常性バイアス」です(※1)。津波の常襲地域であった岩手県でさえ、大地震の後でも「私は大丈夫」と思い込み、避難できたはずなのに逃げ遅れたのは「正常性バイアス」が働いたからとして、齊藤館長は「地震だ!津波だ!さぁ逃げろ!!」と呼び掛けておられます。

トヨタグループが2011年から岩手県で実施している災害ボランティア活動では、2012年に大船渡津波伝承館が発足して以降、毎回齊藤館長に震災からの教訓を伺ってきました。コロナ禍のために2020年にボランティア活動は中断し、私も齊藤館長には何年もお会いできずにいます。感染症の拡大の中で風化が懸念される「自然災害からの教訓」を、今あらためて心に刻みたいと思います。

※1広瀬弘忠『人はなぜ逃げおくれるのか-災害の心理学』集英社新書 (2004年発行)p.11-12

トヨタグループの復興支援活動への感謝の全面広告が掲載された

2012年12月29日付「東海新報」(本社:岩手県大船渡市)紙面