風化させないために、できること

 

トヨタ産業技術記念館 館長の大洞和彦です。

当館に赴任する前、トヨタの社会貢献推進部で担当していた被災地復興支援活動で、大変お世話になった方が、東海新報社(本社:岩手県大船渡市)の記者・木下繁喜さんです。トヨタグループのボランティアが、東日本大震災で大きな被害を受けた岩手県気仙地域(大船渡市、陸前高田市、住田町)に赴くたびに、当時の状況などを丁寧にご説明くださいました。2013年にトヨタの豊田章男社長が同地域に伺った際にも現地現物でご案内いただき、継続的な被災地支援の重要性を教えていただきました。

木下さんは、東海新報社で役員を歴任した後、2013年に定年で退職されましたが、その後もフリーの立場で、被災された体験やそこから得た教訓、復興事業の課題などを鋭く見つめ、複数の著作を発表されました。昨年には、陸前高田市の地芝居「高田歌舞伎」について、四半世紀に渡って調査した資料をもとに、その軌跡を伝える力作を発表されました。津波で全壊した木下さんの自宅で保管されていた歌舞伎の資料は、納戸で奇跡的に被災を免れ、無事だったそうです。

東日本大震災から今月で12年。被災した地域でさえ、震災の記憶のない世代が増えています。震災の教訓を風化させないためにできること、それは当事者だけではなく、ささやかでも関わりを持った私たちも、記憶や経験を自ら伝え続けることだと思います。いま失いかけているものを後世に残そうと懸命に努力を続ける木下さんの生き方は、それを教えてくれていると私は思うのです。

【参考資料】
木下繁喜『東日本大震災 被災と復興と』(2015年) はる書房、同『東日本大震災 住田町の後方支援』(多田欣一氏との共著、2017年)同、同『高田歌舞伎を継いだ女役者 大津波をまぬがれた資料から』(2022年) 同

トヨタ自動車・豊田章男社長と語らう木下繁喜氏【写真左】
(岩手県陸前高田市、2013年2月)